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一杯のコーヒーが暮らしに豊かさを

スペシャルティコーヒー――。その名前を一度は目にしたことがある人は多いと思います。しかし、具体的にはどのようなコーヒーを指すのか、その意味を知っている人は案外少ないのかもしれません。

スペシャルティコーヒーとは、豆の栽培、収穫、焙煎、抽出に至るすべての工程で、しっかりと品質管理がされ、飲んだ人が美味しいと満足できるコーヒーのこと。一杯のコーヒーが出来上がるまでに、皆さんが想像する以上に多くの人の手作業があります。一つひとつの工程にストーリーがあり、そこに光を当てたコーヒーがスペシャルティコーヒーなのです。

コーヒーは世界中で多くの人に愛されていますが、大量生産・大量消費の時代の流れと共に、価格重視の傾向が強くなり、アフリカなどの生産地では低賃金での労働を強いられ、劣悪な環境下での栽培が常態化しています。

そんな窮状を改善すべく、コーヒー農園を守り、高品質な豆の生産環境を整えるという考えのもと、1970年代頃にこの考え方は誕生しました。日本で広がり始めたのは2010年代。

生豆の価格は通常のコーヒーよりも23倍に設定されているものの、一粒の豆の背景にまで思いを馳せると、より豊かな一杯が楽しめるのかもしれません。

 日本におけるスペシャルティコーヒーを牽引してきたのが、今回ご紹介するONIBUS COFFEEの坂尾篤史さんです。

 

コーヒーで、人と人をつなぐ

ONIBUS COFFEEは中目黒、渋谷など都内に4か所お店を持つ他、ベトナムにもフランチャイズ店があります。

坂尾さんがONIBUS COFFEEを立ち上げたのは今から10年前の2012年。「人と人を繋ぐカフェをつくりたい」という一つの思いがすべての始まりでした。

オープンから遡ること6年、当時23歳だった坂尾さんはバックパック一つ背負ってオーストラリアへ3か月間の旅に出ます。オーストラリアというのは独自のカフェ文化が根付く地で、チェーン店以上に〝町のコーヒー屋〟が人々に愛される国。何か特別でおしゃれなカフェではなく、地域の人々が毎日足を運んで自然と会話が生まれる場所、そんな心安らぐカフェがどの町にも必ずあったのだといいます。

坂尾さんも旅の途中、毎朝カフェに立ち寄り一日をスタートしていたそう。ふらっとカフェに行けば人に出合え、いろいろな人から次の旅の目的地を教えてもらえる。そして何よりコーヒーが美味しい。そんな旅を続けるうちに、帰国後は自分でもカフェをやりたいという思いが込み上げてきたそうです。

 

~店名に込められた思い~

ONIBUS(オニバス)。何となく耳に残りやすいこの言葉は、ポルトガル語で〝公共バス〟という意味です。

「バス停からバス停へと人を繋いでいくように、一杯のコーヒーによって人を繋ぎ、人が自然と集まるコミュニティをつくり、その街を豊かにしたい――」

そんな坂尾さんの熱い思いが込められた店名です。

コーヒー好きだけでなく、地域の子供やお年寄りにまで愛されるお店にしたいと考えた坂尾さんは、日常的に立ち寄りやすい場を目指して、もともと古民家だった場所をうまく活用して、温かな雰囲気のお店をつくり上げました。

 一杯のコーヒーが紡ぐ物語

ONIBUS COFFEEをオープンする前、坂尾さんはバリスタ世界チャンピオンの店で修業をし、焙煎やバリスタトレーニングの経験を積みました。そしてそこでスペシャルティコーヒーなど、コーヒーにまつわる文化も学びます。

美味しい豆を求め、実際にエチオピアやルワンダなど生産地域を尋ねる中で、コーヒー豆が完成するまでの透明性や、自然環境や社会問題に興味を持ち始めました。

「スペシャルティコーヒーを扱うには、その〝本質〟をしっかりと考えなければいけないなと思ったんです。コーヒーとは何か、サスティナブル、トレーサビリティとは何か。コーヒーを通じて、食や貧困と言った問題にも向き合わなければならないと感じるようになりました」

私たちは普段何気なくコーヒーを手にすることができますが、アフリカや中南米など栽培している現地の人の中には、コーヒーを飲んだことがなく、また自分の生産している豆がどう使われているのかさえも知らない人もいるそうです。コーヒーのメインの生産地の多くが発展途上国であり、出来上がった豆はほとんど先進諸国で大量消費されている現実。

 

「この資本主義社会の中で、こうした事実をしっかりと認識し、自分にできる事からでも行動することが、コーヒーを提供する自分の役割だと思うようになりました」

日本のコーヒー業界の底上げを

こうした考え方は海外のほうが進んでおり、日本ではまだ一般的に知られていません。日本にもコーヒーを取り巻く文化や考え方を広げるためにも、ONIBUS COFFEEは様々な角度からアプローチしているそう。

プラスチックごみの問題は、レジ袋が有料化されるなどで広く認知されてきています。ONIBUS COFFEEでも店内で使用するパッケージやストローなどにこだわっています。店内で提供されるストローは、すべてサトウキビからつくられた天然のもの。

テイクアウトのカップも、使い捨てではなくリユースしようと、独自にアプリを開発し、他店舗とカップをリユースできる仕組みを今年立ち上げていました。一店でできることは少ないかもしれないけれど、業界全体の意識が変われば、未来も変わる。また、お店を通じてこうした問題を発信することでお客さんの意識も高められれば……、そんな思いもあるそうです。

 

~コーヒー豆を使った商品~

ONIBUS COFFEEには、面白い商品もありました。

それが、コーヒーかすを再利用した「培養土」や「石鹸」です。

抽出後のコーヒーかすは、温室効果ガスの一種であるメタンガスを発生させることが知られており、環境問題にも発展します。そこで、コーヒーかすを捨てずに循環させる試みの一つとして、東京・三鷹にある鴨志田農園などの協力も得て、「コーヒー培養土(COFFEE SOIL(ソイル))」が誕生しました。

 

店舗で出るコーヒーカスの約10%を堆肥にしています。店頭で販売しているものは、堆肥ではなく培養土になっているので、普通の土と同じようにそのまますぐ使えるのも嬉しい魅力です。

「石鹸」はCOFFEE FREAK PRODUCTSとのコラボ商品。

「石鹸には12%ほどのコーヒーかすしか含まれていないため、廃棄物の循環とまではいきませんが、日常使いできる商品を置くことで、お客さんにも関心を持ってもらいたい。

『なぜコーヒー屋で石鹸が売られているの?』と疑問を持つことから関心を広げ、コーヒーを取り巻く貧困や環境問題を知ってもらえればと思いました」 

コーヒー豆の生産や流通に留まらず、社会全体から意識を高め、行動を変えるアプローチが必要だと思い販売するようになったとのこと。

「こうした商品をつくっているとはいえ、コーヒーかすを100%循環できてはいません。それでも、1%でも2%でもいいので循環できる仕組みをつくっていくこと。そしてそれを業界全体に広め、お客さんにも広めることが、自分の役割だと思っています」

 

~コーヒーを通じて街を豊かに~

サスティナブル、SDGs自体が目的ではなく、コーヒーという日常の隣に存在するものを通じて、ふと、地球の将来を考えるきっかけになれば、そんな坂尾さんの思いが伝わってきます。

ONIBUS COFFEEがあることによってその街を豊かにする」、これが坂尾さんが掲げる会社のビジョンです。

「僕はカフェを社会のインフラの一つだと捉えていて、カフェがあることでその街の価値や豊かさのレベルを底上げできるような存在になりたいと思っています」

自由が丘に新店のオープン準備を進めるなど、ONIBUS COFFEEは日々進化を続けています。

人がウェルビーイングを感じるのは、家庭と職場以外に、もう一つ安心できるコミュニティがあることだという研究結果もあるそうです。第三の場所、それこそがカフェの役割なのでしょう。

お客さん、地域の方々、共に働く仲間たち。ONIBUS COFFEEに関わるすべての人が豊かな暮らしを送れるように、人と人を繋ぐ――

坂尾さんの温かな思いがこもった一杯の美味しいコーヒーを通じて、地球の未来について、考えてみませんか? 


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