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豊かな自然とともに、カンボジアを幸せに。KURATA PEPPERが胡椒一粒を通して伝えたいこと

胡椒の産地、と言われてどんな場所が思い浮かぶでしょうか?いつも料理に使っているはずなのに、あまり産地に思いを馳せることがないかもしれません。

実は、かつて「最高級」と言われていた胡椒がカンボジアにありました。1296年にカンボジアを訪れた中国人が、輸出作物として紹介していることから、700年以上の長い歴史があることがわかっているのです。その香りや味わいの豊かさ、粒の大きさから、ヨーロッパを中心に人気があったといいます。

ところが、KURATA PEPPERを営む倉田浩伸さんがカンボジアを訪れた1990年代、その影は薄れ、輸出量もかなり落ち込んでいました。その原因は胡椒の木を襲った伝染病と、20年以上続いた激しい内戦。過ぎし日の大産業は、すでに“産業”とも呼べないほどまで廃れてしまっていたのです。

失われかけたカンボジアの胡椒栽培を、また“産業”へ。それがカンボジアを良くしていくと信じ、胡椒を作り続ける倉田浩伸さんのお話を伺いました。


多くの疑問とともにカンボジアへ

きっかけは、中学生のときに歴史の資料集で見た、報道写真家・沢田教一さんのベトナム戦争の写真集『安全への逃避』。戦争を初めて意識し、「なぜ戦争は起きるのか」を疑問に思ったといいます。

「ベトナム戦争が終結したら、今度はカンボジア内戦が始まって。沢田教一さんを始め、ベトナム戦争で活躍したフォトジャーナリストたちは最後、カンボジアで亡くなったんです。カンボジアで一体何が起きているんだろう、と」

カンボジアという小さな国で何が起きたのか。それを具体的に形にしてくれたのが、映画『キリング・フィールド』でした。実話を元にしたこの映画では、カンボジアで実際に起きた内戦や虐殺が、フィクションとはいえ映像で鮮明に映し出され、15歳だった倉田さんに衝撃を与えました。

人々がここまでに追い詰められる背景はなんだろう。この映画をきっかけに多くの疑問が倉田さんの胸に残り、その疑問を胸に大学へ進学。バイト代を貯め、バックパックを背負い世界に飛び出します。目指していたのは、もちろんカンボジア。しかし、内戦中のカンボジアに学生が足を踏み入れることは難しく、周辺国のタイやマレーシアを訪れては、現地の人々の生活を見て回りました。

当時の日本は、バブル経済真っ只中。円高が進み、お金さえあれば何でもできるとみんなが思っていた時代です。旅先でスラム街などを見ながら、日本国内では見えない“格差”を目の当たりにした倉田さんが考えたのは、この格差が戦争や争いの大きな元凶なのではないか、ということ。

「貨幣経済を突き詰めた結果、格差が起きているんですよね。お金に縛られて、お金のために生きている。それでいいんだろうかって、ますます問題意識を持つようになりました」

1992年8月。ようやくカンボジアの地を踏んだ倉田さんは、現地でボランティア活動をしながら考え続けていました。たくさんお金がなくても、カンボジアの人たちが笑顔で生きていける社会にするには、何が必要なのか。


自然も水も豊かなカンボジアでは、米や野菜などを自給していくのは問題ない、と倉田さんはいいます。しかし、社会インフラを整備していくためには、やはり必要な分のお金は作り出さなければいけません。自分たちの食料を作り、国づくりのためのお金を得られる“産業”が必要でした。

「カンボジアには内戦のために開発されていない原生林のような自然がありました。それを活かして、彼らの生活を豊かにしたいと思ったんです」

農業で、カンボジアと世界をつなぐ。そう考えた倉田さんが、さまざまな資料や現地での調査を経て出会ったのが、内戦を生き延びた胡椒の苗だったのです。人々の暮らしを支える換金作物になり得るのでは――。倉田さんは、現地のパートナーと一緒に、胡椒をカンボジアの産業として復活させるべく育て始めました。

 

 世界に、まだ見ぬ胡椒を届ければ

カンボジアの胡椒は、他の国に比べて収穫までの期間が長いため、実が大きくて果肉がしっかりと詰まっているのが特徴です。なかでも体験してもらいたいと倉田さんが言うのは、「グリーンペッパー」とも呼ばれる緑色の胡椒。乾燥前の生の胡椒のことです。

 通常2、3月に収穫する胡椒を、前年の9、10月に間引きます。そのときに間引いた、まだ小さく柔らかい緑の胡椒がグリーンペッパー。辛味の元となる種が育つ前のフルーティーな味わいで、カンボジア国内ではフレッシュな生鮮として親しまれています。房ごとイカと一緒に炒めるなど、ハーブのような使われ方をしているそう。

さわやかに食べられるのは、辛味成分ができる前の限られた期間のみです。さらに、時間が経つとエグみが出てきてしまうため、鮮度が命。国外に輸出するのは難しい商品でした。

「初めて生胡椒を食べたとき、あまりのおいしさに『日本に届けたい!』と思いました。それに加え、今までは輸出が難しかったグリーンペッパーを販売することで、農家の収入になるので、どうしても実現させたかった」

2016年、カンボジアと日本の直行便ができ、試行錯誤の上ようやく日本に届けられるようになったグリーンペッパー。朝採りしたものをその日のうちに航空便へ乗せ、翌日には成田、翌々日にはシェフたちのもとへ。これまではカンボジアに行かなければ食べられなかった味が、日本で楽しめるようになったのです。

また「ライプペッパー」と呼ばれる完熟胡椒も、KURATA PEPPERならでは。胡椒の一房のうち1、2粒だけできる完熟した赤い実のみを集めた商品です。

 「農家の間で完熟胡椒はおいしいのはよく知られていて、自分たちで食べていたみたいです。これも初めて食べたとき『おいしい!』と驚いたんですが、農家に聞いたら集めるのが面倒だから作らない、と。ちゃんと作れば、また新たな収入源になると思いました」

胡椒の香りは皮に宿る、と倉田さんは言います。少しでも剥げていればその分、香りは薄くなってしまう。だからこそ、KURATA PEPPERでは一粒一粒を手作業で確認し、梱包していきます。機械でもある程度は可能な作業にここまで人の手をかけるのには、理由がありました。

「胡椒は収穫期には人手が必要ですが、それ以外にはそうでもないんです。現地の人たちを通年で雇用し続けるためにどうすればいいかを考えたとき、クオリティを高める手作業での確認と梱包に行き着きました。KURATA PEPPERの胡椒は、どの粒を取っても良いもの。そう自信を持って出せます」

 安定的な雇用と収入を目指すうちに辿り着いた、KURATA PEPPERならではの商品とクオリティの高さ。生産者も消費者も幸せにする形がありました。

オーガニック胡椒の育て方

 KURATA PEPPERは国内初のオーガニック認証を取得した胡椒でもあります。育て方について伺うと、思いがけない答えが返ってきました。 

「できるだけ人の手をかけず、自然に任せることです」

倉田さんによると、この数年は気候変動によって人の介入が必要になってきたそうですが、それでも必要最小限に留めているとのこと。収穫や選別、梱包にはしっかりと人の手をかけますが、栽培自体は自然の力をおおいに借りているのです。

 「地域に合った栽培をすれば、オーガニック栽培は結構簡単にできます。ただ、そこに『もっとたくさん作りたい』という人の欲が出ると難しくなります。自然と対峙しながらクオリティを整えたいと思うと、もっと効率的な方法があるように思えてきます。でも、それって我々人間にとっては無駄に思えることが、虫や土や水などの他の生物に享受されているだけ。そういうことが、なかなか目に見えないから難しい」

現在、コッコン州スラエアンバルにあるKURATA PEPPERの農園は、およそ6ヘクタールに渡って胡椒畑が広がっています。6ヘクタールは、東京ドームがすっぽりと収まってしまうほどの広大な土地。カンボジアの豊かな自然と、人々の手から、オーガニック胡椒は生まれています。

このパラダイスが好きだから頑張れる

「KURATA PEPPERだけで胡椒を作っていくつもりはないんです。ちゃんと“産業”にしていくためには、いろんな人が作っていかないといけない。他の地域の人たちにも苗や技術を共有しながら、みんなでやっていきたいですね」

カンボジア胡椒協会の理事も担う倉田さんは、カンボジアの人々の自立や、次世代へつながる産業にしていくことを意識しています。現地の若者の写真を見せてくれながら、「この子たちより、私のほうがカンボジア歴が長いんですよ」と笑っていました。

「カンボジアにいる僕の世代は、学校に通うくらいの年齢で内戦が始まり、学校にも行けず、難民キャンプで生活してきた人たちです。僕は日本で運良く教育を受けてこられたので、彼らの代わりにできることをしているだけ。胡椒農家を魅力的な産業にして、若い人への橋渡しをしたいと思っています」

首の皮一枚でつながった胡椒産業を、これからさらに700年続けていくために、倉田さんは日本とカンボジアを行き来しています。その原動力は「カンボジアが好き」という気持ちです。

「カンボジアはね、羨ましいくらい豊かなんですよ。一年中暖かくて自然災害も少なくて、生き物が生きる場所として、こんなパラダイスは他にないって言えるほど。好きだからずっと続けてこられてるんだと思います」

倉田さんのお話を伺ったあと、改めて一粒の胡椒をじっくりと見ると、カンボジアの胡椒畑が見えてくるようでした。この小さな一粒が、私たちとカンボジアの人々をつなぎ、自然豊かなパラダイスに笑顔をもたらしているのです。


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